月曜日。はいつもと同じように白いブラウスにグレーのベスト、紺の幅広リボンを結び、ベストと同色のボックスプリーツスカートというクラシカルな聖ソフィア女学院の制服を纏って登校した。そのままつつがなく授業を受けて帰宅し、蔵馬との約束の夜を待った。
夜の10時。約束の時間ぴったりにの家のインターホンが鳴った。
「こんばんは。ご機嫌いかがかな?」
が玄関のドアを開けると、端麗な笑みを浮かべた蔵馬の姿があった。
「上々よ。」
も笑顔で返答する。
「じゃあ、早速だけど出発しようか。準備はいい?」
「ええ。」
こうして2人は街外れの廃材置き場へと向かって、夜の道へと踏み出した。
廃材置き場には歩いて30分ほどかかった。そこには黒いストライプが入った、巨大なサーカス用のテントが設置されていた。テントの頂上には蝙蝠の形をしたオブジェが飾られており、いかにもこれから開催されるのは闇のエンターテイメントのフリークショーであるという雰囲気を醸し出している。テントの周りにはおそらく芸人やスタッフが寝泊りしているのであろう、大型のバンやトレーラーが多数駐車されていた。
「結構大規模なサーカスみたいね。もしも街中の空き地なんかにこんなテントが設置されたら、目立って仕方ないわ。」
テントを見上げながらが呟く。
「そうだね。でもフリークショーで現在だとほとんど興行されていない…というより、できない世の中になってしまったから、こんな人目につかない寂れた場所でやるしかないんだろうね。」
蔵馬が頷きながらそう言った。
テントの前に黒いサテンの布がかけられた長机が置かれていた。そこが入場受付らしい。観客が長蛇の列を作っている。と蔵馬はその最後尾に並んだ。
「すごい…。こんなに人が来てるなんて。フリークショーだから、よっぽどの物好きでないと見に来ないと思ってたのに…。」
は観客の顔ぶれを見渡した。老若男女、いかにも不良っぽいギスギスした雰囲気の者もいれば、この場には一見不似合いな品の良さそうな老夫婦もいた。
多数の人間が並んでいたにも関わらず、列の流れは意外とスムーズだった。
「チケットを拝見。」
チケットの受付をしていた男が、カエルのようにしわがれた太い声でと蔵馬に言った。男は赤いシルクハットをかぶり、同じく赤い手袋をはめていた。服装は仕立ての良いタキシードに斑の模様が入ったスカーフを首に巻いている。そして、いわゆる黒目がちというのとは違う奇妙な目をしていた。瞳に白目の部分がまったくないのである。まるで石炭がそのまま目になったような感じだ。フリーショーのスタッフなのだから、芸人ほどのレベルではなくても、この男もフリークということになるのだろうか。
男は蔵馬が差し出した二枚のチケットをひょいと受け取ると、それを自分の口の中に放り込み、粉々に噛み砕いて飲み込んでしまった。口を開けた時に、お歯黒を塗ったような黒い歯がかすかに見えた。
「これから始まるショーを楽しんでください。お若い恋人同士のお二人。」
先ほどと同じようなカエルそっくりの声を、チケットの受付をしていた男はと蔵馬にかけた。だが、言葉を発したのにも関わらず、男の唇は腹話術師のようにまったく動いてはいなかった。
サーカスの受付の男からしてこの奇妙さなのだから、これから始まるフリークショーの奇天烈さは期待以上のものかもしれない。
入り口の垂れ幕をくぐって二人はテントの内部へと入っていった。テント内部の前方には大きな木製の舞台がしつらえられていた。それを半円形に取り囲むように観客席が並べられている。席はすでにほとんど埋まりかけていたが、ちょうどいい具合に真ん中の列の、舞台から見て真正面に当たる席が2つ空いていた。
「、あそこに座ろう。」
蔵馬はその空席を指差して、自分が先頭に立って人々を掻き分けて、を席まで誘導した。
席に着いたは、
「蔵馬、ありがとう。もうすごく混雑してるのに、こんなにいい席が空いているなんて私たちラッキーだったね。」
そう言って蔵馬の瞳を見つめた。
「そうだね。まあ、俺の日頃の行いが良かったからかな。」
くすくすと笑いながら言う蔵馬に対して、
「何それ。私だって日頃の行いはいいわよ。」
は頬をかわいらしくぷっと膨らしてみせる。
蔵馬は相変わらず笑ったまま、
「本人はそう思ってるんだ…?俺がどれだけ苦労してるかも知らずに。」
と言ってのける。
「もーう!何よ。」
2人が他愛無いやり取りをしている間に、ショーの開演時刻の11時を迎えた。
トランペットの音が大音量で鳴り響き、会場の明かりがすべて消えた。そして一瞬間を置いて、不気味な緑色のライトが舞台を照らし出す。そこへサーカスのスタッフ2人が長い布が掛けられた檻をロープで引きずって来て、それを舞台の上に置き去りにした。
再びトランペットの音が鳴り響き、ぱっと檻にかけられた布がめくられた。
檻の中にいたのは、全身を薄汚れた灰色の毛で覆われた、獣面の男だった。獰猛な狼そのもののように敵意を剥き出しにした唸り声を上げ、ガタガタと檻を揺らしている。観客のからどよめきの声が上がった。
「皆様、シルク・ド・フリークへようこそ。当サーカスは500年の歴史を誇り、世界各地を巡っては異形の人々をお見せして参りました。芸人の顔ぶれは目まぐるしく変わりますが、当サーカスの目的は500年間変わりません。そう、皆様を驚かせ、怖がらせることなのです!!」
いつの間にか舞台の端に、先ほどのチケットを受け付けていた男が立っていた。座っている時にも彼がかなり長身であることはわかっていたが、こうして改めて立っている姿を見ると、その高さがわかる。が昨日会ったバンパイアの男もなかなか背丈が高かったが、彼以上の高さだ。
「私はミスター・トール。このサーカスのオーナーです。本日は司会進行を務めさせていただきます。」
マイクを使っているわけではないのに、ミスター・トールの声は会場中に良く響く。
「ここで皆様にお願いがございます。気の弱いお客様はどうぞ、今すぐここでお引取り下さい。このシルク・ド・フリークのフリーク達は正真正銘、すべて本物!場合によってはショーにも危険が伴います。どなた様の安全も、保障しかねますゆえ。」
最後にシルクハットを脱いで観客に礼をした後、ミスター・トールは舞台裏へと消えた。
「皆様、お静かに願います。」
今度はマイクを使った女性の声が響いた。
「これより檻の中にいるウルフマンを外に出して、皆様にじっくりとご覧入れます。私達が催眠術をかけている間はウルフマンはおとなしくしておりますが、一度物音がして催眠が解けると、暴れて手がつけられなくなります。ですので、重ねて静粛を保つようにお願い申し上げます。」
キラキラと光るスパンコールをふんだんに使った衣装を着た女性が二人、舞台袖から出てきて、一人が指をウルフマンの前で回し、催眠術をかけた。
それまで低く唸り声を上げ続けていたウルフマンは途端におとなしくなってしまった。それを確認した女性は檻の鍵を開け、二人でウルフマンの手を引いて会場中を練り歩き始めた。
場内は水を打ったように静まり返っていた。そっとであればウルフマンを撫でてもいいと女性達は言ったが、最初のあの迫力に恐れをなしてか、あまりウルフマンを撫でる観客はいなかった。
はここぞとばかりに、物怖じせずにウルフマンのごわごわとした毛を触らせてもらった。近くで見るとウルフマンは名前の通り、狼人間と言った風貌をしていた。どこもかしこも体中毛だらけだ。蔵馬はウルフマンに触れなかったものの、興味深そうに眺めていた。
日本ではない別の国ではウルフマンに腕を食いちぎられた観客もいたのだが…、ここではそんなトラブルもなく、ひとしきり会場中を練り歩いたウルフマンは再び檻の中に戻され、舞台袖へと消えていった。
続いて登場した第二のフリークは、肋骨男アレクサンダー・リブス。ウルフマンとはガラリと雰囲気が変わり、コミカルなショーであった。彼は元々、筋肉や贅肉が付かない体なのだろう。骸骨に皮を直接貼り付けたような風貌をしている。だがその顔に人懐っこい笑みを浮かべている。彼は自分の体とこのショーに誇りを持っていることは、誰の目にも明らかであった。バレエのチュチュを着て、柔らかい体を生かしたおもしろおかしいポーズを様々とって、観客の笑いを誘う。肋骨をドラムで叩いて音楽を奏でたりもした。と蔵馬も、彼にたくさん笑わせてもらった。盛大な拍手と共にアレクサンダー・リブスのショーは終わった。
2つショーが終わった後で、小休憩が挟まれた。青いローブの小男たちが、ウルフマンの刈り取られた毛やアレクサンダーの人形などの土産物が載ったワゴンを押して歩く。
「…ウルフマンは元々理性を持たない、かわいそうな運命を背負ったフリークみたいだけど、このサーカス自体はけして強欲な人間が弱い者を虐げる汚いサーカスではないみたいね。」
は自分の隣に座る蔵馬に話しかけた。うん、と蔵馬もの意見に同意した。
「オーナーやさっきのアレクサンダー・リブスを見ていればそれは明らかだね。彼らは自分とこのサーカスが好きで、誇りを持ってここにいる。」
そうこうしているうちに休憩間が終わり、再び会場の照明が落とされた。
「皆さん、次のフリークもとても変わった芸当の持ち主です。当サーカスの美しきフリーク、ひげ女トラスカ!!」
ミスター・トールが朗々と次に登場するフリークの名を告げた。舞台に出てきたのは長い黒髪に浅黒い肌、切れ長の瞳を持つ南国風の美女であった。水色と白の布が使われた、ビキニのように露出度が高い舞台衣装を着ている。
美女はまるでアザラシが吠えるような声で何かを喋ったが、何を言っているのかさっぱりわからなかった。が知っている精霊言語とも違うようだ。
美女は両手で優しく自分の頬を撫でた。すると何と言うことだろう、美女の顔のあちこちから長い毛がにょきにょきと生えてきたではないか。あっと言う間に美女の顔は床まで届く長い毛で覆われてしまった。
ひげ女トラスカはその状態で観客席を歩き回り、客にその毛を触らせた。は今回も触らせてもらったのだが、ウルフマンのものとは違って、細くて柔らかい毛質をしていた。それなのに、再び忽然と舞台に現れたミスター・トールに言われるまま、金の延べ棒を賭けて、鋏を持った観客が彼女のひげを切断しようとしても誰もできなかった。志願者全員が降参したところで、トラスカは再び舞台に戻り、先ほどと同じように両頬に手を当てると、見る間に彼女の顔を覆っていた毛が消え失せ、最初に舞台に出てきた時のままの美貌を取り戻した。盛大な拍手に送られて、トラスカは舞台の袖へと戻っていった。
「続いては、驚異の再生人間・コーマック・リムズ!!」
ミスター・トールの紹介と同時に、朗らかな笑顔で舞台に上がってきた男性は、一見ごく普通の人間のように見えた。だが彼が人の良さそうな笑顔のまま、ナイフで左手の人差し指、中指、薬指の3本を同時に切断した時、会場からはキャーっという黄色い悲鳴が上がった。誰もが3本の指の切断面から、真っ赤な血が噴き出すと思っていた。だが、切断面はおろか、切り落とされた指にも血がまったく付いていない。切り落とされた指は観客の目の前で灰色のカビのかたまりとなってしまった。そして、切断面からは驚くべきことに、新しく3本の指が生えてきたではないか。どよめく観客に向かい、コーマック・リムズは笑顔と同じ温厚そうな声でこう告げた。
「はい、皆さん。いきなりビックリさせてごめんなさい。俺はコーマック・リムズって言います。俺は小さい頃から、体のあちこちを切り落としても、すぐにまた新しく生やせるんですよ。」
その後コーマックは青いローブの小男たちにのこぎりで腕や足、太股を切断させたりしたが、どこも指と同じようにすぐに新しく生えてきた。本人いわく、頭だけは怖くて試したことがないらしいのだが。
このコーマック・リムズもトラスカに負けないくらいの拍手大喝采を浴びせられたところで、2回目の休憩となった。
先の休憩と同じように、青いローブの小男たちが一言も口をきかずに、土産物を売り始めた。ワゴンに積まれている商品のラインナップは多少変わっていて、トラスカやコーマックの人形が追加されたようだ。
「人間にも、妖怪に負けず劣らず奇妙な人たちがいるんですねえ。」
しみじみと蔵馬が言った。
「そうね。蔵馬も、一応は人間の私もかなりぶっ飛んでるとは思ってたけど…。実は私たちなんて、まだまだ甘いのかも。あ、ちょっと。そのアレクサンダー・リブス型の伸びるキャンディー、2つ下さい。値段は…2個で300円ね。」
は青いローブの小男から買ったキャンディーのひとつを蔵馬に手渡した。
「ありがとう、。まだもうちょっとショーは続くみたいだね。」
蔵馬はからキャンディーを受け取ると、再び前を向いた。
「さて皆様。そろそろショーも大詰めとなって参りました。」
神妙な面持ちでミスター・トールがアナウンスした。
「続いてのショーは恐らくこのシルク・ド・フリークでしか見られない、大変に珍しいものございます。ただし、極めて危険なものですので、ショーが終わるまでは絶対にお静かに願います。くれぐれも大きな声や音を発せられぬよう…。もしもこのきまりをお守りいただけない場合…命の保障は致しかねます!」
ミスター・トールのこの恐ろしい宣言に、観客の何人かはゴクリと生唾を飲んだ。観客席全体がしんと静まり返ったところで、ミスター・トールは次のフリークの名前を抑えた声で紹介した。
「ミスター・クレプスリーとマダム・オクタ!!」
舞台に2人の人物が出てきた。その2人を見た時、は驚きの余り、ミスター・トールの注意を忘れて、
「ええっ!?」
と思わず声を出してしまった。
観客の注目が一斉にに集まる。それに気付いたは、思わずしたことに恥ずかしくなって、顔を赤らめた。
「…お嬢さん、お静かにと注意はしたはずですが?」
いつの間にかの席の後ろに立っていたミスター・トールが黒炭のような瞳でを見下ろした。
「はい…。すみません…。」
いつもは勝気なが俯いて小さくなってしまった。こんなバツの悪そうなを見るのは珍しいことで、たまには悪くはないかも、と蔵馬は思ったが、ミスター・トールが忽然と姿を消した後、そっと小声でに問いかけた。
「、どうしたの?」
「うん…。今舞台に出てるフリークの二人、ちょっと知ってるのよ…。」
はチラリと顔を上げ、舞台の方を見た。
深々と頭を下げた礼から顔を上げた二人のフリーク。一人は蝙蝠の尾の形をした燕尾服に、臙脂色の外套をまとった、左頬に傷のある男。もう一人は黒髪に海賊風の衣装を着た少年。間違いない。昨晩が出会った、バンパイアたちだった。
臙脂色の外套の男ミスター・クレプスリーは、海賊の格好をした少年が持ってきた木製の籠の中に入った毒蜘蛛・マダム・オクタについての説明を始めた。
タランチュラはすべてが毒蜘蛛というわけではないが、ほんの少数ながら一刺しで人間をあの世逝きへできる強い毒を持った種類のものもいるそうだ。そして、ここにいるマダム・オクタもそんな危険なタランチュラで、何十年も長生きする上に、知性も備えているとのこと。
「そうそう、忘れておりました。皆様にもご紹介しておきましょう。我が輩の助手のダレン・シャンです。」
クレプスリーは海賊の服を着た少年を観客に紹介した。それを受けてダレン少年は再び観客に向かって頭を下げた。
が昨日会った時のダレン少年の印象は、まだまだあどけない可愛い少年、といった感じだったのだが、今ステージの上にいる彼の表情は暗く重いものであった。まるで世の中の不幸をすべて自分が背負っているとでも言いたげな感じだ。
ダレンは頭を上げると、木製の籠の扉を開けた。のそりと巨大なタランチュラが籠から這い出して来た。赤、紫、緑と見るからに毒々しい極彩色の毛に頭から腹、足の先まで覆われている。籠が置かれたテーブルを降り、舞台の端まで移動して、8本の足の膝を折り曲げてうずくまった。
一番前の列の観客の中には、ヒッと小さく声を上げかけたものがいたが、ミスター・トールの注意を思い出したのか、何とか悲鳴を喉の奥で噛み殺した。
青いローブの小男が一頭のヤギを舞台に連れてきて、首に繋がれた紐をテーブルの端に括りつけた。
クレプスリーは燕尾服のポケットからおそらくブリキ製の、安っぽい銀色をした笛を(本人いわく、あくまでフルートらしい)取り出すと、それで短い旋律を奏でた。マダム・オクタは笛の音を聞くと、テーブルまで戻り、山羊の首に飛び乗った。ヤギは驚いて抵抗を試みるが、マダム・オクタは振り落とされない。マダムの毒牙がヤギの首に深々と突き立てられた。ヤギは一瞬目を大きく見開き、バタリとその場に倒れた。マダムを一刺しで動物を殺さないように訓練したらしい。だが、一度マダムの毒牙にかかったものは、もう助からないそうだ。クレプスリーは笛で再びマダムに指示を出し、山羊の首の別の箇所に噛み付かせて、ヤギを永久に眠らせた。
その後クレプスリーはマダム・オクタに自分の体を登らせたり、口に巣をかけさせたりなど、様々な芸をさせた。クレプスリーの口に巣がかかって笛が吹けない時には、代わりにダレン少年が笛の演奏をした。蜘蛛嫌いの人間が見たら、卒倒するくらいおぞましいショーだっただろう。だが観客にはこの気味が悪くとも手に汗握る毒蜘蛛ショーは大好評だった。
これまでのどのショーよりも大きな拍手に送られて、ミスター・クレプスリーとダレン少年は舞台袖へと去った。
入れ替わりに、ボンっという音と煙と共に、ミスター・トールが舞台上へ姿を現す。
「はい、皆様。本日はこれでお開きです。夜遅くにわざわざお越しいただき、誠にありがとうございました。皆様のご友人にもこのシルク・ド・フリークのことをよろしくお伝えくださいませ。ただし、警察や役所関係者だけはご勘弁を。」
そう言うと、ミスター・トールは赤いシルクハットを脱いで、観客に頭を下げた。今までのショーの派手さから見ると、あっけなさ過ぎるほどの終わり方であった。今まで登場したフリークが全員集合して観客に終わりの挨拶をする気配がまったくない。
観客たちがショーの感想をお喋りしながら席を立ち始めたとき、後ろの席に座っていた観客から悲鳴が上がった。テントの出入り口を巨大な蛇が塞いでいたからだ。出入り口に向かいかけていた観客は慌てて自分の席に戻った。
舞台の上で、再び人の気配がした。そこには白いローブをまとった少年が一人立っていた。染めているのかそれとも元々の色なのか、黄緑色の髪の毛を長く伸ばした少年だ。といっても年の頃はすでに17,8歳であろうか。ぱさりと少年のローブが床に落ちた。
観客たちは少年の姿を見て、あっと息を飲んだ。半ズボンだけになった少年は、出口を塞いでいる蛇と同じように、全身を黄色、青、緑、金の鱗に覆われていたからだ。瞳も蛇そっくりの縦長の形をしている。
出入り口を塞いでいた蛇は、舞台の上の少年めがけて、観客席の横の通路を下った。少年は愛しげに蛇に向かって手を伸ばす。舞台に上がった蛇はぐるぐると少年に巻きついたが、彼には動揺する様子はまったく見られない。まるで無害な小動物をかわいがるように、蛇のあごをくすぐったり、頭を撫でてやっている。しまいには牙がキラリと光る蛇の巨大な口の中に頭を突っ込んで、またゆっくり頭を出してみせる、という芸当までやってのけた。
すっかり帰る気になっていた観客たちは度肝を抜かれたため、しばらく静まり返っていたが、やがて割れんばかりの拍手が会場を包んだ。
「蛇少年エブラ・フォンに惜しみない拍手を!皆様、本日はこれにて本当にお開きです。ご来場誠にありがとうございました!」
蛇少年の隣に立ったミスター・トールが彼の肩に片手を置きながら言った。
と蔵馬は当然、蛇少年、そしてシルク・ド・フリークのメンバー全員に対して心からの拍手を送った。
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